ヤナイチ笑闘記

バツイチオタク・ヤナイチ母さんの日常です。 広告目的等の書き込みには返事いたしませんのでご了承ください。

うちの親戚の話をしようと思います。【長文注意】

昔語りうぜー、とか

そんなん期待してねぇし、という方はスルーしてくだい。

 

うちの親戚というのは主に私の父方の祖母周辺を差します。

新潟の伯母は母方。

父方は全員、生まれも育ちも実家周辺。今は県内にバラけて住んでるので特に毎日交流するわけではありません。

このブログに登場する『妹』は本当の関係は『従姉妹』で、私の父の姉の子どもです。

伯母・ちーちゃんは私が4才頃?まで裏に住んでいて、ご主人の実家の秋田に引っ越し。でもわが家にはばーさま(母親)がいたので毎年帰省に来るから、私の楽しい記憶はわりと妹と一緒にありました。

さて、このばーさま、7人姉弟でして。

ばーさまを先頭に弟2人の妹が4人。

それぞれがパンチが効いてて、葬式やら法事のたびに賑やかです。

父や父の従兄弟たちは私や妹に

「信じられるか…?アレと俺たちは血が繋がってるんだぜ…?」

と震撼せしめるほどの強烈ババア軍団。

それでも私たち孫世代はそこそこ可愛がられてきました。

母たち嫁世代は相当苦労したようで、女子大出てOLしてお嫁に来た方などは新婚当初馴染めない!!と泣いていたそうな…。

その最たるものが

ギャンブル。

幸いにして私の両親や妹の両親などは嗜む程度で、普通に暮らしていたのですが

親戚のうち何人かは一家離散やら、蒸発やらしたわけで。

家でみんなでやるファミリー麻雀とパチンコ。この二つが最たるものです。

男性陣はそれに競艇やら競馬が加わったりもします。

年末にみんなが集合するときなんて、朝、大掃除→昼、パチンコ→夜、麻雀とフルコースで大人たちは年末を満喫していましたね。

私たち子どもは留守番。大人が順番に子守として家に残るので、お昼ご飯などはきちんと食べさせてもらってました。

あとパチンコに勝つとお小遣いをくれたり、玩具を買ってくれたりするし、子守の大人がお菓子代をくれて駄菓子屋にいったりもできたので私たちには天国でした。

子どもたちが思春期に入ると麻雀を教えられ、パチンコができる年になると連れていかれたりするので決していい親戚とは言えないのですが、それでも騒がしくうるさいこの親戚のババアたちが私は好きです。

 

さて、この強烈ババア軍団の要となるのがMババア。

中学卒業と同時に夜の世界に入り

煙草を吸ってると結核にならないというよくわからない当時の都市伝説を忠実に守り

60歳になるまで現役ホステスとして活躍した夜の蛾。

(最近知ったけどばーさまの妹全員水商売だったらしいね)

私たちが物心ついた時からMババアを車で送迎したり、時々お小遣いをくれるY田さんというオジサンが、親戚でもなんでもなくMババアの愛人だと知ったのは私が高校生の頃でした。

そんな強烈Mババアの長男が結婚した。私が中学生で妹が小学生の頃。

この長男というのがなんともデブでブサイクで、自分の部屋に南極2号を隠し持っていたのを発見したのは何を隠そう私と妹なのである。

そんな長男が結婚…!相手もこれまた今で言うとこの喪女で魔女みたいな顔したデブだった。(ここでRとしよう)

このR、ババア連中にはいい顔をするものの、私と妹には物凄く横柄な態度を取るので大嫌いだった。まあ長男が元々嫌いなのでどうにもならない化学反応だった。

男の子二人授かって、マイホームを買ったらしいそのバケモノ二人の生活など興味がなかったので知らなかったのだが、新築一戸建てを半年でゴミ屋敷へと変貌させたらしい。

掃除もせず、子どもの使用済みのオムツを放置し、食事はラーメン一人前とご飯を分け合う生活を毎日。

生活費はパチンコに注ぎ、水道まで止められたことがあるらしい。水道ってほんとに最後の最後で止められるやつだよ!?

Rのお母さんが週に一度は片づけてくれたり、Y田さんが子どもたちを自分の孫のように可愛がってご飯食べさせたり、洋服を買い与えたりしなければきっとあの家の子どもはもっとすごいことになってたと思う。

この子ども、うちの娘と年が近いんだけど、クソガキだった。

脳梗塞で半身不随になったおじいちゃん(Mババアの旦那ね)を蹴ったり

窓ガラスをわざと割ろうとしたり。

見るに見かねて私が注意すると、Rが私に食ってかかった。

なんであんたが私の可愛い子どもを注意するんだ!と。

Mババアはそこで一言

「R、出て行きな」

か、かっこいい…!

 

そんなRと久しぶりに会いました。

Mババアの旦那さんが今年八月に亡くなったんです。

勿論全員招集。ここで出席しないとあとで魔女裁判にかけられるのでお嫁さんたちも必死です。

妹と私は集まった親戚たちが自分の子どもたちをチヤホヤしてくれるので、のんびりとお清めを食べていた。

あそこの坊さんはバカだからダメだとか、ここの懐石美味しくないねなどの暴言が飛び交う中、端の方でショボショボと寿司を食べてるたくあんみたいな女と、その横に二人の丸い男。

これがRと息子2人だったんです。

Rは重度の糖尿病で生死の境をさまよい、病的に痩せて、元々魔女みたいだった顔立ちが余計に魔女っぽくなって、なんだか近寄るだけで生気を吸い取られそうだった。

息子2人はうちの娘の一つ上と一つ下だから高1と中2なのだが、親戚は誰も近寄ろうとしない。うちの娘はあんなにチヤホヤされて寿司を食べてるのに…。

何故かは後からわかりました。

Rはゲームにハマりすぎて昼夜逆転の生活になり、勤めていた病院をクビになり、それでもゲームをやめられず、子どもたちを起こして学校に送り出すこともできず。

高1の息子は出席日数が足りずに留年になるらしく、学校をやめるのだという。

私も確かにゲームはするけど

料理もせず、掃除もせず、子育ても放棄し…という気持ちはよくわからない。

すると私はあることに気づいてしまった…!!

 

柳「ねぇ…ねぇ…」

妹「ん?」

柳「Rのバッグ…ドラ○エのロゴが入ってる…」

妹「……ほ、本当だー!!」

 

葬儀に似つかわしくない、合皮の薄ベージュのバッグを持ってるなーとは思ったんです。まさかそれにそんなロゴが入ってるとは…。どうみてもゲーセンの戦利品だし…。仮にも義理とは言え親の葬儀…。

色々ネジがぶっとんでるなーと思いました…。

 

あと故人のお骨 が丈夫でしっかりとしてて、入りきらなくて

葬儀業者の人がうやうやしく上から圧してくれたんですけど

それが結構体重かけてベキベキベキ!ってやることに妹が爆笑してしまい、

怒られるかなーと思っていたら全員つられて笑いはじめて

結局終始笑いに包まれた葬儀となりました。

お経をあげてくださったご住職が

「こんなに親戚が集まってくれる葬儀はなかなかないです。故人は幸せですね」

と言ってくれたのがなんだか誇らしかったです。

お嫁さんたちも頑張ったね!お疲れさん!